ルキンフォー

心理学・育児・発達障害のことなど学びつつ、ラクになれる生き方を模索中

今の学校ってここまで許してくれるんだなって思ったこと

うちの小3娘は自閉症で、知能的にもグレーゾーンなので、学力では他の子とは勝負できないと思っている。だから、勉強も成績も、今できていることで十分と思っているし、わからないことは教えるけど、無理ならそこまでしなくてもいいかな、というスタンスだ。ただ、宿題と、本人が自主学習をする、と言ったときは必ずやるようにさせている。

去年は、自主学習は、週末、子供が自分でやると決めて連絡帳に書くと、担任がノートを連絡袋に入れるという仕組みだった。

だから、ノートが入っているときは、「何する?」とまず聞いてみる。7割くらいは「〇〇する」と自分で言うので、手助けして終わらせる。特に思いつかないときは、そのとき、苦手そうなところ――漢字・足し算引き算かけ算・日記などを提案して、そこまで負荷にならない程度のページ数で終わらせていた。

ただ、自主学習の説明を読むと、自作のクイズや、今ハマっていることの紹介などでもいいらしい。ということは、結構自由度が高そう。だったら、ただの国語や算数より何か面白いことをしてみたい、と思った。

 

そんな訳で。

カタカナは、小学校入学前に教えたんだけど、時間が足りなくて、どうにか清音を一通りやったあたりで入学してしまい、宿題で手いっぱいで中途半端なままだった。興味のあるものがいいよ、プリキュアとかポケモンも全部カタカナだからおすすめですと、つみきの会のセラピストさんに聞いたので、今のアニポケのキャラ達。

 

これは、子供の発案。

クラスで飼っているモルモットのラインスタンプ。ラインスタンプなんてどこで知ったんだ、と思ったけど(スマホでライン見てるとき、「何?」って聞かれて、「スタンプだよ」と説明はしたけど、そんなにはっきり認識できるほどではないと思うから、動画か何かで見たのかも)、アイディア自体は面白いし、クラスで飼ってるってことは、勉強のためなんだろうから制作のネタにしていいじゃないと思って、「やってみなよ。絶対、いいと思う!」と強く推した。

普通に「先生もほしーい」とコメントをもらった。OKだったらしい。

 

これは、結構受けが良かったように思えたもの。

国語の教科書にロボットについての文が載っていて、「うちにもロボットあるよね」と子供が言うので、「お父さんに聞いてみたら」と言ったら、農業用ドローンについてメモを取りながら一生懸命聞いて、自学ノートに書き始めた。

2年の担任と、サポート担任に大きなシールでほめられた上、たまたま担任が出張で代わりに来てくださった教務主任の先生にもコメントをもらえた。こういうの、先生受けがいいんだな、と思った。子供が親の仕事に興味をもってくれたのもうれしい。

ただ、このドローンは、ラジコンタイプなんで、「ロボット」じゃないんだよなー。

 

ここまでOKだったんで、「え、いいの?!」と思いながら、子供の提案に乗った件。

モルモット擬人化。とても たのしそうに かいて いた――

髪の毛と耳の色が左右で違うのは、クラスのモルモットの色からなのだが、担任はちゃんと気づいてコメントしてくれていた。

なんでも、ありだね…。

ちなみに、私は平成初期あたりからのオタクなので、「擬人化」って二次創作界隈の用語だと思っていたのだが…。まあ、某細胞擬人化アニメとかあるしな。もう、カタギが使う言葉なのだな(オタク以外の人を「カタギ」とかも言わなくなったなー)

Aiの希望

ふと思い立ったので、久しぶりに書いてみます。

こども庁で児童相談所のAiが頓挫した、といったようなニュースを聞いた。

私は不勉強なので、「Aiって自分で考えてると思ってたけど、あくまでデータをベースにして動いてるんだ」という、有識者の方が聞いたら、頭を抱えるようなことを思った訳ですが…。

 

ふと、私が子育てで一番大変だったとき、今か、もう少し未来のレベルでのオープンAiが存在していたら、と。

私の娘は現在8歳。自閉症の診断を受けている。

生まれたときから本当に寝ない子だった。2歳で話し始めてからはすごくおしゃべりだった一方で、こちらの話はまるで耳に入らない様子で、興味を持ったものをひたすら触り続けたり、あちこち飛び出して行ったり、どこへでも登っていった。ひどい人見知りで、初対面の人の前ではいつも私の後ろに隠れていて、人混みを嫌がり、私がよそのお母さんと話していようものなら、膝の上で飛び跳ねたり、棚によじ登ったりした。いくらおもちゃを勧めてもほとんど興味を示さず、大概のものは「いや!」と言われ、買ったものはほとんど壊されるか、ビリビリに破かれた。

本当にどう扱ったらいいかわからず、どうしてうちの子は他の子と違うのだろう、と、手をつなぎ、並んで歩く親子を羨んだ。

そして、保育園に入園し、やっと一息つけると思った矢先、全くしゃべらなくなり、笑顔が消え、何もしなくなった――

 

何せ、話すことができたので、「自閉症」と病名にたどり着くことができなかった。私は「緘黙」なのではないだろうか、と思い、本を読んだり、ネットで調べたが、有効な方法は何も見つからなかった。

そして、5歳のときに、保健師さんの勧めで発達検査を受け、自閉症と診断された。

 

もし、あのころ、チャットGTPあたりに、「子供が寝ない。話を聞かない。人見知り。入園後、しゃべらなくなった。私はどうしたらいい?」とか聞いて、「お子さんは自閉症の可能性があります。発達検査をお勧めします。近くで検査をしている病院は、〇〇病院と××医院です。また、有効なセラピーとしてABAがあります。ABAについてのリンクをはります。代表的なところではつみきの会というNPO法人があります。お住いの地域でセラピーを受けることができます。非会員でも受けられるので、無料の発達相談を受けてみてはいかがでしょうか」みたいなことを言ってくれていたら、私の子育てはどんなに楽になっていただろうと思う。

 

そして、その一方で、今あるいはこの先、同じ悩みで苦しんでいるお母さん(お父さんでも他の家族の方でもいいけど)にこの情報が届いてほしいと思う。「しゃべっても(むしろ、同年代よりも饒舌で、全く問題がなかったとしても)自閉症はありうる。会話のかみ合わなさや一方的な感じがあるなら、それはコミュニケーションの障害という症状の一つに当てはまる」そして、そのうまくコミュニケーションが取れないことによる、そばにいる人のしんどさは言葉にならない。

 

でも、そう思って私がブログを書いたところで、こんな更新頻度の低いブログ、ほとんど誰も見てくれないだろう。そして、静かに、ネットの情報の海にうずもれていく。

でも、オープンAiなら、その埋もれた砂の一粒を拾い上げてくれるかもしれない。

今、苦しんでいるどこかの誰かへとその砂粒が流れ着く――

 

Aiっていうと、仕事奪われるとか、ついていけるようにならないと、とか言われるけど、私はそんなところにAiの希望を見ている。

自閉症の夫婦関係

子供の頃から、両親の喧嘩をよく見てきた。

絶対に意見を譲らない父と、我慢に我慢を重ねて限界を迎え、金切り声で不満を叫ぶ母との喧嘩は、最終的に母が殴られ、飛び出していって終わる。誰にも守ってもらえなかったから、怖がる弟を抱きしめながら、怖さを抑えつけ、成り行きをただ見ていた。

思春期くらいになったあたりから、漠然と思うようになった。

――なぜ、父は、母の話を理解しないのだろう……?

 

祖母は、「あの子は頑固で聞かない」と言った。

母は、「あの人は、私を馬鹿にしているから、耳を貸さない」と言っていた。

けれど、両親の喧嘩をずっと見ているしかなかった私は、大人になって、心理学を学び、我が子の自閉症について知り、そして思う。

――父は、本当に理解できないのではないか、と。

 

 

私は、父はかつてのアスペルガーではないかと思っている。今はこの言葉は使わないらしいから、「高機能の自閉症」ということになるのだろうか。

知能は高い。おそらく、仕事の能力も高い。努力もする。

けれど、職場の人間関係は全くうまくいかなかった。

問題は、意見が対立したときだ。

怒鳴りながら、「自分が絶対に正しい。お前はおかしい」と繰り返す以外の解決策を持たない(ちなみに、自宅だと、ここに「殴る」が加わる)

上司に対しても、同じように食ってかかり、女性社員を怒鳴りつけて泣かせることもしょっちゅうで、次々に部署を移動させられていた。

もちろん、ずっと平社員で、会社の経営が悪化したとき、希望退職して多めの退職金を受け取ったことを自慢していたが、その後、再度契約社員を募った際には、声をかけてもらうこともなかった。

 

子供の時からそうだったらしい。

祖母いわく、「ほんにきかねこ、らったて」

「きかね」というのは「(言うことを)きかない」のかもしれないが、その中でも「乱暴者」の意味合いが強い。要は、他害だ。

父は、本妻の子ではなかったので、いわゆる片親だった。そのことで馬鹿にされると必ず、怒って相手をたたいたらしい。

今だったら、もう少し周囲も理解がありそうな気もするが、当時は、きっと祖母を見る目も厳しく、「あの親にしてこの子あり」といったような見方が多かったのだろうと思う。

そして、その他害がますます祖母に肩身の狭い思いをさせただろうと思うと、なんというか、やるせない気持ちになる。

 

 

父は、家事は全くしない人で、子供の目から見ても、母はいつも休みなく働いていた。

共働きだったから、フルタイムで、時には残業もしながら、唯一の休みの日曜日にもひたすら家事に追われていた。

父は、子供とは遊んでくれたが、私の記憶にはほとんど母がいない。覚えているのは、出かけるというと、早朝に起きてお弁当を作る母の姿と、寝る前に本を読んでくれたことくらいだ。

これだけ言うと、ちょっといい話のようだが、おそらくこの読み聞かせも、父が言い出して母にやらせたことだろうし、大人になって「海っていうと、お母さんが早くに起きて、お弁当作ってたのよく覚えてる」と言ったら、「早くに起きて作ってるのに、ちょっと遅くなると怒鳴られて、海に行くのなんか大嫌いだった!」と返された。

薄々は気づいていたけれど、母は、父の「あれをやれ、これをやれ」と言う指示をひたすらに聞き続けながら、ここまで生きてきたのだな、と感じた。

 

父は、自分の仕事はここまでと役割分担を決めている。

役割分担だけなら、どこの夫婦でもあることだが、うちの両親の場合は、この分担がとんでもなく厳密なのだ。「忙しそうだからやっておこう」などという発想はない。また、ミスをカバーするという発想もない。結婚した直後に、「ゴミが落ちてる!」と怒鳴られたときは唖然とした、と母が言っていた。要するに、掃除は母の仕事だ(と一方的に決めている)から、自分が拾うということは全く浮かばないのだろう。

結局、この辺は、理解して付き合うしかないのだろうと思う。発想がないなら、「ごめん。拾ってくれる?」と頼むしかない。母は陰で「馬鹿じゃないの」と言いながら、黙って従う方を選んだようだが。

 

父が先に希望退職した後、母は10年ほど仕事をつづけたのだが、その間も、自分の更年期や、父が緑内障になり、さらに自分の仕事が増えることに悩まされ続けた。

父もさすがに悪いと思ったのか、分担を増やそうと申し出はするのだが、「洗濯物を干そうと思っているのに、お前が教えてくれない」ということになる。限界まで疲れ果てている母としては、「そんなのちょっと見ればわかるでしょ、教えるって何よ」と言うのだが、この道具にはこれを干す、といったことを一度きちんと聞かないとできないのだろう。

私が教えた、皿洗いはほとんど目が見えなくなった今も続けているようだが、物が定位置にないと怒鳴り始めるので、「いちいちうるさい。もうやらなくていいのに」と母はしょっちゅうこぼしている。

 

カサンドラ症候群といった言葉もあるが、長い年月の間には、恨みに近い感情になり、理解などということをしたいとも思わなくなってしまうのかもしれない。

カウンセリング

最近、日記術の講座を受けている。

気持ちが揺さぶられるようなことがあったときに、汚い言葉でも許可して思いを書く。

次に、少し離れたところからそんな自分に言葉をかけてあげる。

分析や、相手の立場は考えない。

これだけで随分楽になってきた。

本当に怒りを我慢してたんだな、と思う。

あと、本で読んだ知識はほとんど役に立たない。わかってても入って来ない。あんなに本を読んだのになぁ。

春の散歩

国道から見えるJAの集荷場が遠くから見ると、高い煙筒と三角屋根の家に見えるらしく、子供がいつもあそこに行きたいというので、よく行く図書館から歩いてみた。2キロくらいかな?

近づくと、ただの集荷場なのだけれど。

自販機でいろはす買って飲んだり、ブラブラ歩いて、道路脇につくしを見つけたり、四つ葉のクローバー探したり。道を渡るときは、左右を見るように声かけしたり。

なかなか一定の速度で歩くのが苦手なんですけどね、うちの子は。どうしてもダーッと走っていってしまう。

10年振りくらいに

友達と会った。

昔はあんなに会ってたのに、7人で会うために、何ヵ月も前から日付決めて、計画立てて、仕事休み取って、子供を頼んで、やっと会える。

会うと、いつもみたいに下らないことを話せるのすごい。

でも次はもっと早く会いたいな。今回コロナで来れなかった子もいたので。

花粉症?

ここ1週間くらい鼻がグズグズして不調。

寝起きに布団はねのけてて喉の痛みを感じたのが最初だけど、やけに長いし、外に出たときに急にくしゃみが出たりするし。

かと思うと、暖かくしてれば、体調良かったり。

元々、寒暖差アレルギーがあるので、この時期は、ちょっとの冷えでしばらくグズグズしてたりするし。

耳鼻科行けばいいんだろうけど、混んでそうだし、そもそも忙しくて時間が取れない。終わった頃にそっとアレルギー調べてもらってこようかな?

アレルギーの薬は酷い眠気に襲われるので、試しにアレグラとか飲んでみるか。