ルキンフォー

心理学・育児・発達障害のことなど学びつつ、ラクになれる生き方を模索中

参考になった育児書

最近、とても参考になった育児書について書こうと思う。

 

まずは、自己肯定感などの本を何冊か読んだことがある水島広子先生の子育て本「怒らないですむ子育て」

タイトルからアンガーマネジメントや言葉かけ関連かな、と思ったが、子育てへの考え方がとても心に響いた。

 

特に、「信頼の子育て」という言葉は、言葉を読んだだけで涙があふれた。信頼の子育ての逆は、「不安の子育て」。常に足りないものを探して、心配し続ける。私の親はこちらの育て方だった。自分が挑戦したいと思ったことを否定される度、私はいつも悲しさを抱えてきた。これを読んで、「私は親に信頼されていなかったのだ」と思っていたのだと感じた。

そして、そうやって育てられた私は、子育てとは常に心配が絶えないもので、心配することが愛情だと思っていた。でも、信頼されていないのはとても悲しい。こんな思いは子供にはさせたくない。だから、私は、自分の子供には信頼を持っていこうと思う。

 

子供の何を信頼するのかというと、「無条件の愛」なのだという。無条件の愛の反対は「条件付きの愛」。「良い子でいたら、愛してあげるよ」「良い成績を取らなきゃ、愛してあげない」といったもの。私の親もこうだった。私のように「条件付きの愛」しかもらったことのない人間にとって、子供といる時間は、人生で初めての無条件の愛を受け取れる期間になる、これには目から鱗が落ちた。

私は、子供といる時間は、親、特に母親にとっては果てしない我慢と奉仕を強いられる時間なのだと思っていた。もちろん、未熟な子供を相手にして、親が耐えなければならない場面もあるだろう。けれど、この考え方を知ったとき、巷で言われる綺麗ごとの親子関係からは見えない、子育ての喜びが見えた気がした。

そして、そう思って子供と接して初めて、その全身から、私を求める愛を受け取ることができた。私たち親子は、私の精神状態が悪かったり、体調が悪かったり、タイミングが合わなかったり、うまく伝えられなかったり。そして、お互いを信頼できなくなって、拒否されることが怖くなって、すれ違い続けて、どうしようもなくなっていたけど。

ああ、この子は、本当に私の愛を求めていたんだ、と思った。できる範囲で、何とかしようとし、それでも、苦しくて、さらに怒られることを重ねてしまう。

怒られても怒られても、それを許して、また愛して、母の愛を求める。許されていたのは、私だったんだ、と気づいたとき、さらに涙があふれた。そんなこと、考えたこともなかった。親は子供を叱って正すもの、苦労して矯正し続けるものなのだと示され、育てられてきた私には、全くありえない視点だった。

 

「いつまでも、子供に甘えていてはいけません」と本書には書かれている。自分がイライラして怒りをぶつけたのなら、きちんと謝りましょう。「あなたが悪いから怒ったんじゃない。お母さんはあなたを愛しているよ」その言葉で、子供は人間関係の修復の仕方を学ぶのです。

読んでからも、子供を何度も怒った。何時間も怒りが収まらないこともあった。けれど、私は必ず、その後に、この言葉を言うようにしている。子供との関係が徐々に良くなっているのが確かにわかる。

怒ってしまって、こんな言葉で済ませるのも申し訳ないような気もするけど、「人は完全じゃない。完全じゃなくてもいい」そんなメッセージを子供に送ることができるのなら、不完全な、そして、変わろうとあがく母親も、存在意義はあるのではないかと思ったりする。

f:id:Aiga:20210129140328j:plain